連載383。小説『山を仰ぐ』第5章・栄弥―②俊量が語る青年栄弥―45
(前回、栄弥が乗った大八車が動きだすと、末の弟の納次郎とキヨが後を追ってきました。泣きじゃくるキヨは「栄弥さー、行かんでくれー。おら、栄弥さの嫁になるだぁー」と叫んでいました)
それは、数え七つのキヨさんの、あらんかぎりの真実でした。
別れを惜しむ少女の、心からの言葉です。その健気(けなげ)な気持ちが、切々と伝わってきます。
わたくしは、切なさに打たれました。栄弥さんを寺に預けたら、栄弥さんの分まで、キヨさんの成長を見守ろう、と、その時、固く誓ったのでございます。
納次郎さんとキヨさんは、すすり泣きながら、小走りに大八車を追い駆けてきます。小道から広い農道に出るところで、わたくしは再び振り向いて、二人に向かって叫びました。
「もう、いいずらい。寒いだで、早よう、お帰り」
二人の小さな手は、寒さに赤く膨れあがり、その手で、ふたりともが、涙を拭いていました。
「ほれ、寒いでね、ふたりで、手さ繋ないで、ころばんように、早よ、お帰り」
七歳のキヨと三歳の納次郎は、わたくしに言われたとおり、手を繋ぎました。しかし、振り向いて帰る気配はありません。その場に立ちつくしたまま、雪の中を遠ざかる栄弥さんの大八車を、二人並んで見送ったのでした。
大八車を囲んで進む小さな一行は、雪の中を、安楽寺の山を目指して登ります。雪は降る量を増して行きます。小田多井の見送り人から見れば、わたくしたちの一行は、雪の幕の向こう側へと消え行ったと見えたことでしょう。山は白く閉ざされた凍りの世界でした。
その朝、寺へと出立した数え二十の栄弥さんが、横山の家に戻ることは、二度とありませんでした。
(次回、連載384に続く。今回で第5章が終わりました。次回からは、第6章・幕末から維新へ、が始まります。
今日は市長記者会見の日。忙しくてレポートはできませんが、写真だけパチリ)