連載560.小説『山を仰ぐ』第8章・発明家ー①糸が語る波多の臥雲辰致ー25

石上 扶佐子

2025年01月06日 20:00

連載560。小説『山を仰ぐ』第8章・発明家ー①糸が語る波多の臥雲辰致ー25
 (盆の休みを岩原で過ごした辰致は、十日後、荷車に機械を乗せて、納次郎と一緒に波多に戻りました。語りは糸)

 バッタン仕掛けの布織り機を、岩原から運んでくれた納次郎さんは、波多に十日ほど滞在していました。
 辰致さまが、波多のあちこちを熱心に案内していたのは、納次郎さんに波多を気にいってほしいからではないかな、と思います。
 父の川澄東左は、辰致さまに波多への移住を促しているし、辰致さまも納次郎さんの気持ちを考えているのでしょう。
 辰致さまはいつも土蔵にお泊りですが、私が納次郎さんに
 「母屋にお泊り下さい」と声をかけたら、素直に聞いてくださり、納次郎さんは
 「兄やの土蔵は、機械の部品の木っ端が散乱していて、おれの寝る場所ないどないだもの」と言いました。
そうでしょうね、辰致さまだって、母屋で寝ればいいのに。 
 納次郎さんは、波多に滞在の間、ずっと河澄の母屋に寝てくれました。納次郎さんは私の妹や弟に対して
 「おれは末っ子だで、この家に妹が三人もいるみていで、嬉ししいな。まだ赤ん坊の琢吉も可愛いな」と言って夜は遊んでくれます。
 納次郎さんは、たいてい辰致さまの手伝いをしていましたが、二人の呼吸の合った動き振りに、私はまたまた魅了されていました。辰致さまの若い頃を彷彿とさせる、納次郎さんです。
 十日が過ぎて、納次郎さんが荷車を引いて岩原に帰っていかれた後、糸は、寂しい気持ちになったことでした。

 (次回、連載561に続く。
 暮れにおぐらやま農場へ行ってきました。いつもは各国からの若いウーファ―さんや、三人の元気な子供たちがいて、賑やかな空間が、今回は別世界みたいに、しっとりしていました。年末年始はウーファ―さんはお休み、上の子二人は外国旅行中なのです。
 薪ストーブが静かに燃える食堂で、四人の団らんを楽しみ、農場主お手製の、しし鍋とキムチと豆乳鍋とサラダを、御馳走になりました)

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