連載606.小説『山を仰ぐ』第8章発明家ー②開産社と博覧会ー40

石上 扶佐子

2025年04月11日 23:29

連載606。小説『山を仰ぐ』第8章・発明家ー②開産社と博覧会ー40 
 (博覧会の会場の片隅で、連綿社の役員の声を、正彦が辰致に教えてくれました。語りは糸)

 正彦さんは続けます。
 「連綿社の方々の心配は、さらにこんなんがあります。
 『臥雲さんのガラ紡が認められるのはうれしいだが、それは、おらたちが沢山の出費をして協力したからだもんな。これからは、臥雲さんにも、出資をしてもらうずら』とか、
 『これまでは、臥雲さんは坊さん崩れで、一文なしだったから、おらたちが費用の一切を持ってきただが、機械を売ったお金が臥雲さんに入るなら、大工の日当や材料を差し引いても、儲けはあるずら。これからの連綿社の工場などの必要経費は、臥雲さんも含め全員が同じだけ出費し、儲けは四人で平等に受け取るのがいいだじ』とか、 
 『臥雲さんは、機械を発明したり、改良したり、作ったりするのが好きそうだいね。そして、その機械を広く役立てたいのせ。だでね、一番心配なのは、臥雲さんが連綿社の仕事より、機械を広めるほうがおもしろくなって、連綿社を離れてしまうことだじ。おれたちとしたら、なんとか、臥雲さんを引き留めて、連綿社に居てほしいだもの』とかね」
 正彦さんは、役員の方々の声を、こんな風に要約してくれました。
 辰致さまは「特許の制度がない今、機械を買いたいと言ってくれる人がある以上、発明の権利はさて置き、機械の販売をして広めたほうが、全体のためではないだろうか」と考えていました。
 正彦さんは、辰致さまの機械を初めて見た五年前から、この機械は専売特許を取るべきだと確信し、特許制度が取り下げらたにも関わらず、特許申請の提出を進言した人です。ですから、今機械を売るのは時期尚早と思っていましたが、そうも言ってられなくなったのです。
 正彦さんも「特許を取るべき臥雲さん自身がそう言うなら」ということで、二人の意見は合意しましたが、問題は、連綿社の他の役員が不安に思っていることを、解消することでした。
 連綿社頭取の波多腰六左さんはじめ、武居美佐雄さん、青木橘次郎さんは、機械の製造には反対だったからです。

 (次回、連載607に続く。
 一昨日の4月9日水曜日に、松本フォークダンスのお仲間と、例会で踊ったあとに松本城まで夜桜を見に行きました。5分咲きくらいかな? ライトアップで松本城の黒と白が冴えわたり、すごくきれい!)

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