連載339。第5章ー②俊量が語る青年栄弥ー1 (写真は二人の息子と)

連載339。小説『山を仰ぐ』第5章・栄弥―②俊量が語る青年栄弥―1
 (今日から、新しい区切りの青年栄弥です。少年と青年はダブっているので、内容も少々重なりますがお付き合い下さい)

 栄弥さんが父儀十郎さんに付いて、初めて大妻の松沢家を訪れたのは、雪の降る寒い日で、若奥さんの志野さんと、家の戸口で偶然に出会い、晩ご飯をご馳走になりました。栄弥さんにとっては、白い思い出ともいうべき、大切な夕暮れでした。
 嘉永六年(1853年)の春、手習所を終えて外回りの仕事を始めた栄弥さんは、まず、兄の九八郎さんの後に付いて、訪問先の順路を教えてもらいました。
 松沢家への再訪を果たしたのはその時のことで、やっと志野さんに会えたのに、兄やの背中の陰に隠れて、ろくに挨拶もできなかったのが悔やまれました。初めは父の陰で、二度目は兄の陰での訪問でした。
 そして、若葉の頃、栄弥さんは兄から離れ一人で各家を廻り初めました。満月から新月への半月をかけて順路を巡り、その最後十四日目の夕暮れに、ついに、大妻の松沢家を訪(たず)ねることが出来たのです。
 慣れない大八車は栄弥さんには大き過ぎ、水たまりに車輪をはめては往生し、初めて一人で通る道は見知らぬ道のようで、幾度も迷子になりました。そうして行きついた最後の家が松沢家です。
 志野さんは、いつもの、飾り気のない優しさで、言いました。
「おやまあ、今日は一人かいね。ご苦労さまだいね。まだ、小ちぇえのに、たいしたむんせ。
 ひとりだったら時間もかかるずら。ほれ、もう、こんなにとっぷり陽が暮れたじ。腹がへったでしょ、一緒に晩餉にしましょ。さあ、食べて行きましょ」
 栄弥さんはね、また、涙が滲んだそうです。初めての十四日間を無事に終えた、安堵の思いもありました。

 (次回、連載340に続きます。
 写真の右左の男は兄弟です。こうして見ると似ていますね。腕のいい大工と農夫。母は幸せ!)連載339。第5章ー②俊量が語る青年栄弥ー1 (写真は二人の息子と)

同じカテゴリー(連載小説『山を仰ぐ』)の記事画像
連載403『山を仰ぐ』第6章ー②明治二年ー5  (写真は、ゲストハウスから徒歩一分の「てくてく」さん。)
連載402。小説『山を仰ぐ』第6章ー②ー4 (写真は松本フォークダンスの会)
連載401。小説『山を仰ぐ』第6章ー②ー3 (写真は、ゲストハウスの看板とサブサブ看板)
連載399。小説『山を仰ぐ』第6章ー②ー1 写真はゲストハウスの四畳半の客間(冬仕様)窓から見える山は、美ヶ原です。
連載398。小説『山を仰ぐ』第6章ー①−15 写真は、楽しいフォークダンス。
連載397。小説『山を仰ぐ』第6章ー①−14。 写真は、ゲストハウスの居間。おこたのある冬仕様の記念に。
同じカテゴリー(連載小説『山を仰ぐ』)の記事
 連載606.小説『山を仰ぐ』第8章発明家ー②開産社と博覧会ー40 (2025-04-11 23:29)
 連載605.小説『山を仰ぐ』第8章発明家ー②開産社と博覧会ー39 (2025-04-09 20:00)
 連載604.小説『山を仰ぐ』第8章発明家ー②開産社と博覧会ー38 (2025-04-07 20:00)
 連載603.小説『山を仰ぐ』第8章発明家ー②開産社と博覧会ー37 (2025-04-05 20:00)
 連載602.小説『山を仰ぐ』第8章発明家ー②開産社と博覧会ー36 (2025-04-03 00:00)
 連載601.小説『山を仰ぐ』第8章発明家ー②開産社と博覧会ー35 (2025-03-31 20:00)
< 2025年04月 >
S M T W T F S
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
過去記事
QRコード
QRCODE
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 1人
プロフィール
石上 扶佐子
石上 扶佐子