連載598.小説『山を仰ぐ』第8章発明家ー②開産社と博覧会ー32
2025/03/25
連載598。小説『山を仰ぐ』第8章・発明家ー②開産社と博覧会ー32
辰致さまと正彦さんの話は、糸にとって、知らない世界に触れる、それはそれは新鮮な時間です。
今回は、意外なことに、辰致さまが、糸に
「糸さんは、どのようにお暮らしですか」と、尋ねてくれました。
えっ、と思いましたが、でも、嬉しかったですよ。辰致さまが糸の暮らしを聞いてくれるなんて。
糸は答えました。気のきいたことが言えずに、残念ではありましたが。
「どのように暮らしているかといえば、変わりなく、つつがなく、まあ、気楽に暮らしているだいね」
正彦さんが笑いながら、言いました。
「それは何よりです。去年の六月、東京にいた私は、キヨさんが臥雲籍を離れたと聞き、臥雲さんが心配でしたから、糸さんに助けを求めたい気持ちでした。波多の父に、臥雲さんと糸さんの縁結びを頼んだりして。父からの手紙では、それは不首尾に終わったようですね。早とちりですいませんでした」
糸も笑いながら答えました。
「縁結びの提案をしてくれて、正彦さん、ありがとね。糸は、うれしかったじ。でもせ、辰致さまには、あっさり断られただいね。ま、当然だ。しかたないずら」
糸は、あの時のことを思い出して、また、笑えてきました。
武居の父上からお話があったった時、お酒の入った糸が、なんだか調子に乗って、糸の気持ちを言ったら、辰致さまが目をまんまるくして驚いていた時のことです。
辰致さまが、はにかんだように言いました。
「あの折は、大変失礼しましたが、しかし、あの後、私は、前を向いて進むことができました。糸さんの言葉には心底驚きましたが、私の暗い心に、暖かな火が灯ったようでした。感謝しているのです」
あら、なんと嬉しい辰致さまのお言葉!
糸の心にも、火が灯ったのでございます。
(次回、連載599に続く。
写真は、木版画家塩入久さんのフェイスブックより。ホテルブエナビスタのフロントに飾ってあります)
辰致さまと正彦さんの話は、糸にとって、知らない世界に触れる、それはそれは新鮮な時間です。
今回は、意外なことに、辰致さまが、糸に
「糸さんは、どのようにお暮らしですか」と、尋ねてくれました。
えっ、と思いましたが、でも、嬉しかったですよ。辰致さまが糸の暮らしを聞いてくれるなんて。
糸は答えました。気のきいたことが言えずに、残念ではありましたが。
「どのように暮らしているかといえば、変わりなく、つつがなく、まあ、気楽に暮らしているだいね」
正彦さんが笑いながら、言いました。
「それは何よりです。去年の六月、東京にいた私は、キヨさんが臥雲籍を離れたと聞き、臥雲さんが心配でしたから、糸さんに助けを求めたい気持ちでした。波多の父に、臥雲さんと糸さんの縁結びを頼んだりして。父からの手紙では、それは不首尾に終わったようですね。早とちりですいませんでした」
糸も笑いながら答えました。
「縁結びの提案をしてくれて、正彦さん、ありがとね。糸は、うれしかったじ。でもせ、辰致さまには、あっさり断られただいね。ま、当然だ。しかたないずら」
糸は、あの時のことを思い出して、また、笑えてきました。
武居の父上からお話があったった時、お酒の入った糸が、なんだか調子に乗って、糸の気持ちを言ったら、辰致さまが目をまんまるくして驚いていた時のことです。
辰致さまが、はにかんだように言いました。
「あの折は、大変失礼しましたが、しかし、あの後、私は、前を向いて進むことができました。糸さんの言葉には心底驚きましたが、私の暗い心に、暖かな火が灯ったようでした。感謝しているのです」
あら、なんと嬉しい辰致さまのお言葉!
糸の心にも、火が灯ったのでございます。
(次回、連載599に続く。
写真は、木版画家塩入久さんのフェイスブックより。ホテルブエナビスタのフロントに飾ってあります)