連載498小説『山を仰ぐ』第7章・臥雲辰致の誕生―③結婚と別れー43 
 (辰致が「波多の測量を手伝ってもらえないか」と言った時、キヨは「しんどくていかれねえ。納次郎が行ってしまうのも辛い」と言ったので、辰致はキヨに、無理をさしたことを詫び「測量が終わったら祝言を挙げよう」と言いました)

 タッチさが波多へ行って不在の夜は、昼間働いてくたくたに疲れていても、キヨはしっかり眠れなかった。タッチさが河澄の糸さと測量をしている姿を想像すると、胸が潰れそうに苦しかった。
 やがて、タッチさがいても眠れくなった。焦りのような気持ちがふつふつとわいてきて、居ても立ってもいられない落ち着かなさだ。食事も進まず、身体も重くて鉛のようだった。
 波多の測量が無事に終わり、なにがしかのお金の包みをタッチさから預かったのは、九月の最後の日だ。タッチさがかしこまって
 「キヨ、苦労をかけたな。私の機械はまだ少しも稼がないから、ほんとの稼ぎにはならないが、それでも、キヨと納次郎と暮らしてゆく目途はたったずら。キヨ、なるべく早くに祝言をあげよう」と言っても、なぜかキヨの心は鉛のようなままで、なんの嬉しさも沸いて来なかった。
 キヨがついに起き上げれなくなったのは、稲刈りが終わった翌朝だ。稲だけはどうしても刈らねばと思っていたから、なんとか、そこまではもっただね。でも、それが限界だったのせ。
 起きあがれないのだが、かといって寝ているのも辛かった。そんなキヨを見て、タッチさが言った。
 「キヨ、すまない。こんなに疲れさせて、すまない。キヨの身体が悲鳴を上げているのに気がつかなんだ。これは、私が十九の時に罹った病と同じかもしれない。キヨ、ほんに、すまない」
 その日のうちに青柳先生が来てキヨを診てくれたじ。先生も言った。
 「働きすぎの気鬱だべ。様子を見よう。ともかく休むように。旨いものも食べなならん」
 次の日には、俊量さまが来てくれた。キヨの手をさすりながら言ったじ。
 「キヨさん、よう頑張りましたね。ご苦労様。しっかり休みましょうね」

 (次回、連載499に続く。
 写真は、今日の日めくり。写真がいいなあ、と思っていたら、言葉も良かったのでパチリ。山は外国の山のようです。)

< 2024年09>
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石上 扶佐子
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