連載439。小説『山を仰ぐ』第7章・臥雲辰致の誕生-①キヨが語る岩原の智恵-18  
 (帰農して間もなく、岩原を訪ねたキヨは、辰致が新しい機械の原形製作に成功したことを知りました。語りはキヨ)

 タッチさもキヨも、しみじみと嬉しかったけど、この機械が世に出る当てはなかった。
 僧侶ではなくなったタッチさは、一心不乱に機械のことだけを考えていたから、食うものも食わず、家も着物もなりふり構わず、ごま塩頭に髭が伸びていたさ。
 その日キヨは、お祝いの心を込めてご飯を炊き、昼飯を作った。そして二人で食べたのせ。キヨは言ったじ。
 「タッチさ、おめでとう。なあ、機械はこれでもう出来ただか?」
 タッチさは、キヨの飯をほんに美味そうに食べながら、言ったじ。
 「いやいや、まだまだだ。原形はできたが、機械の完成はまだだじ。
 役に立つ機械にするには、竹筒を一度に十本か二十本、同時に回転させなならん。
 筒を並べ、糸巻機を並べ、すべての部品を作り、そこに動力を送らなならん。これからだって、今まで以上に難儀なことせ」
 タッチさのその言葉を聞いて、キヨは思ったさ。そして、言った。
 「機械がまだまだ大変なのはわかったじ。
 ならばきっと、これからも、家はぐちゃぐちゃ、髪はぼうぼう、服はぼろぼろ、ろくなものも食わないで、機械の完成を目指すのずら。田んぼだって畑だって、いったいどうする気だ」
 タッチさは黙っていたじ。キヨの飯を、ひたすらむさぼり食っていたさ。

 (連載440に続く。
写真は、フォークダンスのお仲間と行った、今年の松本城の夜桜。桜は散りましたが、楽しかった思い出はしっかり残りました。お城の写真は、藤原孝之さん撮影)

< 2024年05>
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石上 扶佐子
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