2024/05/04
連載440。小説『山を仰ぐ』第7章・臥雲辰致の誕生-①キヨが語る岩原の智恵-19
(寝食を忘れなりふり構わず機械の原形はできましたが、機械の完成はまだまだ先でした。田畑を作る余裕もない辰致にキヨは「いったいこれからどうする気だ」と詰め寄りますが、辰致は返事ができません。語りはキヨ)
勇気を出してキヨは言っただ。そりゃ、膝ががくがくするほどだったが、ずく出して言った。
「機械が完成するまで、タッチさが嫁をとらないのはわかっている。けどもキヨは、タッチさを助けるために、ここで暮らすことにするさ。春になってキヨが田畑を頑張れば、なんとか二人で食っていけるずら。
今日、大妻に帰って、父さん母さんにそう話してくるだ。正月から、キヨはここで働く。タッチさ、それでいいずら?」
タッチさは、何も答えなかった。黙々とキヨが作った飯を食っていたさ。
キヨが家の許しをもらって大妻を離れたのは、明治四年の晦日十二月三十日だった。母さんが言ったじ。
「大掃除もし、正月のおせち料理も作ったほうがいいずら。ほれ、餅とお菜漬(おなずけ、野沢菜漬け)を持って、暮れから岩原に行きや」
大妻を出る朝、飛騨の山脈は雪を湛えてまぶしく輝いていた。キヨの門出を祝っていたずら。平らを渡る風は冷たかったが、陽の光は昨日より強さを増し、もうすぐの春を告げていた。
あと二日で年が明ける。そうすれば、キヨは18だ。もう、嫁に行かなきゃならない歳だいね。タッチさはまだ「うん」とは言わないが、キヨはもちろん、タッチさの嫁になるつもりで、平らを北へ歩いたのせ。
そりゃ、幸せな道のりだった。
常念岳の三角錐の白い稜線が、正月前の深い青の空に、切るようにそびえ立っていたさ。
山を仰ぐ喜びが沸いてくる。仰ぐ山があるのは、なんと幸いなことだろう。なんと感謝なことだろう。
山を仰いで生きる幸せを忘れないでおこう、とキヨは思った。
(次回、連載441に続く。ここで、7章・臥雲辰致の誕生ー①が終了 します。次回から、7章-②『西国立志編』です。
写真は、松本フォークダンスクラブのご案内のチラシができたので、お披露目。今回のミソは、お試し参加2回までは無料。3回目から一回300円、会員になれば、ひと月1000円の会費、というところかな)
(寝食を忘れなりふり構わず機械の原形はできましたが、機械の完成はまだまだ先でした。田畑を作る余裕もない辰致にキヨは「いったいこれからどうする気だ」と詰め寄りますが、辰致は返事ができません。語りはキヨ)
勇気を出してキヨは言っただ。そりゃ、膝ががくがくするほどだったが、ずく出して言った。
「機械が完成するまで、タッチさが嫁をとらないのはわかっている。けどもキヨは、タッチさを助けるために、ここで暮らすことにするさ。春になってキヨが田畑を頑張れば、なんとか二人で食っていけるずら。
今日、大妻に帰って、父さん母さんにそう話してくるだ。正月から、キヨはここで働く。タッチさ、それでいいずら?」
タッチさは、何も答えなかった。黙々とキヨが作った飯を食っていたさ。
キヨが家の許しをもらって大妻を離れたのは、明治四年の晦日十二月三十日だった。母さんが言ったじ。
「大掃除もし、正月のおせち料理も作ったほうがいいずら。ほれ、餅とお菜漬(おなずけ、野沢菜漬け)を持って、暮れから岩原に行きや」
大妻を出る朝、飛騨の山脈は雪を湛えてまぶしく輝いていた。キヨの門出を祝っていたずら。平らを渡る風は冷たかったが、陽の光は昨日より強さを増し、もうすぐの春を告げていた。
あと二日で年が明ける。そうすれば、キヨは18だ。もう、嫁に行かなきゃならない歳だいね。タッチさはまだ「うん」とは言わないが、キヨはもちろん、タッチさの嫁になるつもりで、平らを北へ歩いたのせ。
そりゃ、幸せな道のりだった。
常念岳の三角錐の白い稜線が、正月前の深い青の空に、切るようにそびえ立っていたさ。
山を仰ぐ喜びが沸いてくる。仰ぐ山があるのは、なんと幸いなことだろう。なんと感謝なことだろう。
山を仰いで生きる幸せを忘れないでおこう、とキヨは思った。
(次回、連載441に続く。ここで、7章・臥雲辰致の誕生ー①が終了 します。次回から、7章-②『西国立志編』です。
写真は、松本フォークダンスクラブのご案内のチラシができたので、お披露目。今回のミソは、お試し参加2回までは無料。3回目から一回300円、会員になれば、ひと月1000円の会費、というところかな)