連載554。小説『山を仰ぐ』第8章・発明家ー①糸が語る波多の臥雲辰致ー19
 (機械を持ち波多に来て、半月を忙しく過ごした後、松本まで機械を見せに行って帰ってきた辰致は、疲労困憊でした)

 父の河澄東左は重ねて言いました。
 「今日、岩原にお帰りになるとしても、なるべく早く、また波多へ戻って来て欲しいだいね。
 波多の寄り合いでは、臥雲さんの機械を使って、できれば水車で、木綿糸を量産することが決まっただもの。これからは、その事業がはじまるだから。開産社の事業として、波多で稼働できればと思っているだ。
 そして、次に来るとき、是非、木綿布織機も持ってきてほしいだじ。まだ発明途中でもいいだでね。
 その前に「専売特許願い」も申請せにゃならんね。武居美佐雄さんの話だと、松本の筑摩県本庁で受け付けてくれそうだと」
 辰致さまは、正彦さんが書いた草稿を読み初めました。
 それは、漢文に小さなカタカナの文字が挿入された読み下し文で、一行に二十数文字の字列が二十七行も連なった長い文でした。正彦さんが薫陶を受けた平田派は、漢文の読み下し文で学問をしていたそうですから、お得意のことだったのでしょうね。
 正彦さんが書いた「専売特許願い」の草稿を読み終えると、辰致さまは言いました。
 「ありがたいことです。正彦さんの思いが良く伝わってきます。私の思いと同じですが。
 私はこの文をよく検討し、清書をして、松本の県庁に提出に行かねばなりません。が、今はまず、岩原に帰ります。
 特許の申請は急がねばなりませんから、なるべく早く、布織機を持って波多に戻るつもりです。この件は、波多に戻ってから進めます。
 すみませんが、それまで、河澄さまで預かっていただけませんか。東佐さまにも読んでいただきとうございます」
 辰致さまが、半月ぶりに岩原に帰って行かれたのは、その日の夕方のことでした。

 (次回、連載555に続く。
 昨夜は「柏原フォークダンスの会」のクリスマスパーティでした。
 童話の中のような、夜のひなびた踏み切りを渡ると、北へ進む道は森へと続いているようで、その暗い森の中に、突然、明るく輝く広場が出現。
 お伽の国のダンスホールで、全40曲を踊り、帰途につくと、外は小雪が舞う、幻想的な白い世界でした)

< 2024年12>
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
過去記事
QRコード
QRCODE
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 1人
プロフィール
石上 扶佐子
石上 扶佐子