連載49。小説『山を仰ぐ』第2章の3ー8

連載49。小説『山を仰ぐ』第2章の3-8

 智恵さまの視線の先を目で追うと、丸い房になって咲く百日紅(さるすべり)の花に、瑠璃色に輝く、大きな蝶が羽根を休めていました。 
 烏川の奥の、蝶の谷から流れてきたのでしょうか。青の輝きは、谷の精霊のような、舞い降りた天女のようなたたずまいです。
 「オオルリ蝶ですね」
 智恵さまが、私の方を向いて、言いました。
 なんと、智恵さまは、私が智恵さまの視線を追っていたことを、ご存じだったのです。
 恥ずかしいけれど、嬉しくもありました。嬉しいけれど返事なんかできません。オオルリ蝶から目を離し、私は智恵さまを見ました。智恵さまは、また、少し微笑んだようでした。
 正彦さんは、尊王攘夷の説明に夢中です。
 「全国に草莽(そうもう)の志士が大勢誕生しました。水戸藩はその筆頭です。長州も激しく尊王攘夷で、幕府にも外国の艦船にも、実際に大砲を打って戦いました」
 「知っていますよ。私も。三、四年前のことですね。」
智恵さまはそう言って、静かに水を口に運びました。
 「寺にいても、檀家さまとの交わりで、世の中のおおよそのことは分ります」
 正彦さんも水を口にし、座り直し、さらに前かがみになり、智恵さまを見つめます。さあ、これからが本題というように。
 「一昨年の暮れ、天狗党が中山道を通過した折、大砲を引き連れたほぼ千人の一行を、裏道へ誘導したのは倉澤清也さまです」
 あら、また、天狗党、、、。
 「倉澤先生は、飯田城下を戦火から救った後、天狗党が処刑をされたのを知り、昨年の春、京へ旅をされました。
 まず白河家に逗留して神官に任じられ、それから、平田門人の繋がりで、京に住む、長州武士の品川弥二郎さまと、懇意になられたのでございます」

 (次回、連載50に続く。
 写真は2年前の街頭演説。開始時刻は同じでも、日の暮れがグングン早くなる季節でした)連載49。小説『山を仰ぐ』第2章の3ー8


同じカテゴリー(連載小説『山を仰ぐ』)の記事画像
連載403『山を仰ぐ』第6章ー②明治二年ー5  (写真は、ゲストハウスから徒歩一分の「てくてく」さん。)
連載402。小説『山を仰ぐ』第6章ー②ー4 (写真は松本フォークダンスの会)
連載401。小説『山を仰ぐ』第6章ー②ー3 (写真は、ゲストハウスの看板とサブサブ看板)
連載399。小説『山を仰ぐ』第6章ー②ー1 写真はゲストハウスの四畳半の客間(冬仕様)窓から見える山は、美ヶ原です。
連載398。小説『山を仰ぐ』第6章ー①−15 写真は、楽しいフォークダンス。
連載397。小説『山を仰ぐ』第6章ー①−14。 写真は、ゲストハウスの居間。おこたのある冬仕様の記念に。
同じカテゴリー(連載小説『山を仰ぐ』)の記事
 連載617.小説『山を仰ぐ』第9章・栄光と事業の困難―①再婚と天皇天覧―4 (2025-05-03 20:00)
 連載616.小説『山を仰ぐ』第9章・栄光と事業の困難―①再婚と天皇天覧―3 (2025-05-01 20:00)
 連載615.小説『山を仰ぐ』第9章・栄光と事業の困難―①再婚と天皇天覧―2 (2025-04-29 20:00)
 連載614.小説『山を仰ぐ』第9章栄光と事業の困難―①再婚と天皇天覧―1 (2025-04-27 20:00)
 連載613.小説『山を仰ぐ』第8章発明家ー②開産社と博覧会ー47 (2025-04-25 20:00)
 連載612.小説『山を仰ぐ』第8章発明家ー②開産社と博覧会ー46 (2025-04-23 20:00)
< 2025年05月 >
S M T W T F S
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
過去記事
QRコード
QRCODE
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 1人
プロフィール
石上 扶佐子
石上 扶佐子