連載547.小説『山を仰ぐ』第8章発明家ー①糸が語る波多の臥雲辰致ー12

連載547。小説『山を仰ぐ』第8章・発明家ー①糸が語る波多の臥雲辰致ー12 

 「地引帳」と「絵図面」の提出が完了し、測量の仕事が今日で終わるという日、父さんは、お礼を渡しながら辰致さんに聞いてみたそうです。
 「つかぬことをお聞きします。臥雲さんは、キヨさんと納次郎さんとお暮らし、と伺っておりますが、キヨさんは妻女でおられるのでしょうか」
 辰致さんは、びっくりし、慌ててお答えになったそうですよ。
 「キヨとは、まだ、夫婦ではありせん。しかし、もうすぐ、祝言をあげるつもりです」と。
 父のがっかりした顔が目に浮かびますね。
 私はがっかりしませんでしたよ。糸は辰致さまを見ているのが好きなだけなので、キヨさんが幸せになるのはうれしかったです。
 測量の仕事が終わると、辰致さまはパッタリと姿を見せなくなりました。父さんが言うには、
 「臥雲さんは、西洋の飛び杼のバッタンを使って、布織機を発明するのに忙しいに違いない。
 臥雲さんの発明を、波多の衆は皆で応援したり、ハッパをかけたりしているが、波多で、綿糸紡ぎと綿布織りが同時にできたら、これ以上のことはないずら」ということだそうです。
 この年明治七年は、三溝村と下波多村と上波多村が合併して波多村になり、波多村の戸長は三溝の武居美佐雄さん、副戸長は下波多の波多腰六左さんが引き受けてくださいました。
 上波多の川澄東佐は民間の村起こしのような役割を担ったので、父東佐は、辰致さんとその機械への期待も大きかったのでしょうね。
 明治七年は静かに暮れて行きました。

 (次回、連載547に続く。
 写真はまだ小さいころの孫。孫たちにクリスマスカードを書いています)

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