連載548.小説『山を仰ぐ』第8章発明家ー①糸が語る波多の臥雲辰致ー13

連載548。小説『山を仰ぐ』第8章・発明家ー①糸が語る波多の臥雲辰致ー13 
 
 明治八年が明けると、父はしきりに
「臥雲さんはどうしているかやぁ。バッタンを使った布織機は出来たかやぁ」とつぶやき、ついに、二月半ば、辰致さまへ手紙を書いたそうです。
 「水車のことや、綿紡糸の機械や、布織機のことやら、上京した正彦さんが『特許の申請をしたらどうか』と言っていることや、いろいろ話があるから、一度、早目に、波多に来てくれないかやぁ」というようなことを。
 辰致さまは、二月の下旬、波多にお見えになりました。
 もともと一泊の予定でしたので、限られた二日間、辰致さまは波多の大勢の人と会い、大工さんも参加する寄り合いも開かれ、集まった人達は真剣にこれからの波多のことを考えておいででした。
 一番大きなことは、
 「今年の三月十五日に、勧業社から名前を変えた開産社が、松本に置く本社の開所式を行う」ということで、「開産社でも、臥雲さんの機械が話題になっている」というのです。それで
 「開所式の前に、是非とも、臥雲さんの発明した綿糸紡ぎの機械の実物を、波多の皆で見たい」と。
 辰致さまは
 「その件は家の者と相談してきます」と言い、次の日の夜には岩原へ帰られました。キヨさんの具合いがすぐれない、と漏らしていたので、この先どうなることかと、糸は案じていたのでございます。
 
 (次回、連載549に続く。
写真は、「山を仰ぐ」教会。穂高教会牧師毛見先生撮影です)

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