連載624.小説『山を仰ぐ』第9章栄光と事業の困難―①再婚と天皇天覧―11
2025/05/17
連載624。小説『山を仰ぐ』第9章・栄光と事業の困難-①再婚と天皇天覧ー11
父の河澄東佐が、来客に挨拶を済ませて戻った時、その表情からは先ほどの厳めしさは消え、和んでいるように見えました。糸が熱燗を父に手渡すと、父はまず、波多腰さんの盃に酒を注ぎながら
「六左どの、今日はご足労をおかけしただいね。糸の縁談をまとめてくれて、まことにありがたいことだじ。まあ、そんな納め方でいいだな。わしは長年の懸案が片付いて、ほっとしたじ」 と言い、次に、辰致さまの盃にも酒を注ぎながら、
「臥雲さん、糸をよろしく頼みます」と言って、頭をさげました。辰致さまは慌てて、
「こちらこそ、よろしくお願い申しあげます」と言いつつ、赤面しました。まだ、お酒は入っていなかったのに。
父さんが母さんの盃に、波多腰さんが糸の盃に酒を注ぎ、波多腰さんの音頭で乾杯をすると、母さんが、
「臥雲さん、糸、ほんにおめでとう。親としての肩の荷がおりて嬉しいさな」と言いました。
盃を重ね、正月の料理に箸を運んだあとで、波多腰さんが、皆の顔を見まわしながら、
「ところでせ、今度は連綿社の頭取として言うだがな、臥雲さんは博覧会で一等賞を取ったこともあって、やたら忙しいのせ。
東京支社には機械の注文が殺到しているし、売れたあとは、機械の説明で各地にいかなならんし、松本でも糸や布を作らなならん。
その他にも、いろんな儲け話がやってくるだもの、その吟味も大変だでね。波多を本拠地にするとしても、落ち着いて波多にいるわけにはいかんのせ。
だでね、目出度い話がきまれば、早く祝言をあげて欲しいだじ。これからどんどん忙しくなるが、寒さが和らげば、忙しさに拍車がかかるだもの。二人の初めの子供を河澄家の養子にするなら、子供も早く出来た方が安心ずら。どうだ、皆さん」 と言ったのです。
(次回、連載625に続く。
写真は、近所のやまびこ道路沿いの家の黄色い花。多分モッコウバラ)
父の河澄東佐が、来客に挨拶を済ませて戻った時、その表情からは先ほどの厳めしさは消え、和んでいるように見えました。糸が熱燗を父に手渡すと、父はまず、波多腰さんの盃に酒を注ぎながら
「六左どの、今日はご足労をおかけしただいね。糸の縁談をまとめてくれて、まことにありがたいことだじ。まあ、そんな納め方でいいだな。わしは長年の懸案が片付いて、ほっとしたじ」 と言い、次に、辰致さまの盃にも酒を注ぎながら、
「臥雲さん、糸をよろしく頼みます」と言って、頭をさげました。辰致さまは慌てて、
「こちらこそ、よろしくお願い申しあげます」と言いつつ、赤面しました。まだ、お酒は入っていなかったのに。
父さんが母さんの盃に、波多腰さんが糸の盃に酒を注ぎ、波多腰さんの音頭で乾杯をすると、母さんが、
「臥雲さん、糸、ほんにおめでとう。親としての肩の荷がおりて嬉しいさな」と言いました。
盃を重ね、正月の料理に箸を運んだあとで、波多腰さんが、皆の顔を見まわしながら、
「ところでせ、今度は連綿社の頭取として言うだがな、臥雲さんは博覧会で一等賞を取ったこともあって、やたら忙しいのせ。
東京支社には機械の注文が殺到しているし、売れたあとは、機械の説明で各地にいかなならんし、松本でも糸や布を作らなならん。
その他にも、いろんな儲け話がやってくるだもの、その吟味も大変だでね。波多を本拠地にするとしても、落ち着いて波多にいるわけにはいかんのせ。
だでね、目出度い話がきまれば、早く祝言をあげて欲しいだじ。これからどんどん忙しくなるが、寒さが和らげば、忙しさに拍車がかかるだもの。二人の初めの子供を河澄家の養子にするなら、子供も早く出来た方が安心ずら。どうだ、皆さん」 と言ったのです。
(次回、連載625に続く。
写真は、近所のやまびこ道路沿いの家の黄色い花。多分モッコウバラ)