連載624.小説『山を仰ぐ』第9章栄光と事業の困難―①再婚と天皇天覧―11

連載624。小説『山を仰ぐ』第9章・栄光と事業の困難-①再婚と天皇天覧ー11 

 父の河澄東佐が、来客に挨拶を済ませて戻った時、その表情からは先ほどの厳めしさは消え、和んでいるように見えました。糸が熱燗を父に手渡すと、父はまず、波多腰さんの盃に酒を注ぎながら
 「六左どの、今日はご足労をおかけしただいね。糸の縁談をまとめてくれて、まことにありがたいことだじ。まあ、そんな納め方でいいだな。わしは長年の懸案が片付いて、ほっとしたじ」 と言い、次に、辰致さまの盃にも酒を注ぎながら、
 「臥雲さん、糸をよろしく頼みます」と言って、頭をさげました。辰致さまは慌てて、
 「こちらこそ、よろしくお願い申しあげます」と言いつつ、赤面しました。まだ、お酒は入っていなかったのに。
 父さんが母さんの盃に、波多腰さんが糸の盃に酒を注ぎ、波多腰さんの音頭で乾杯をすると、母さんが、
 「臥雲さん、糸、ほんにおめでとう。親としての肩の荷がおりて嬉しいさな」と言いました。
 盃を重ね、正月の料理に箸を運んだあとで、波多腰さんが、皆の顔を見まわしながら、
 「ところでせ、今度は連綿社の頭取として言うだがな、臥雲さんは博覧会で一等賞を取ったこともあって、やたら忙しいのせ。
 東京支社には機械の注文が殺到しているし、売れたあとは、機械の説明で各地にいかなならんし、松本でも糸や布を作らなならん。
 その他にも、いろんな儲け話がやってくるだもの、その吟味も大変だでね。波多を本拠地にするとしても、落ち着いて波多にいるわけにはいかんのせ。
 だでね、目出度い話がきまれば、早く祝言をあげて欲しいだじ。これからどんどん忙しくなるが、寒さが和らげば、忙しさに拍車がかかるだもの。二人の初めの子供を河澄家の養子にするなら、子供も早く出来た方が安心ずら。どうだ、皆さん」 と言ったのです。
 
 (次回、連載625に続く。
 写真は、近所のやまびこ道路沿いの家の黄色い花。多分モッコウバラ)

同じカテゴリー(連載小説『山を仰ぐ』)の記事画像
連載403『山を仰ぐ』第6章ー②明治二年ー5  (写真は、ゲストハウスから徒歩一分の「てくてく」さん。)
連載402。小説『山を仰ぐ』第6章ー②ー4 (写真は松本フォークダンスの会)
連載401。小説『山を仰ぐ』第6章ー②ー3 (写真は、ゲストハウスの看板とサブサブ看板)
連載399。小説『山を仰ぐ』第6章ー②ー1 写真はゲストハウスの四畳半の客間(冬仕様)窓から見える山は、美ヶ原です。
連載398。小説『山を仰ぐ』第6章ー①−15 写真は、楽しいフォークダンス。
連載397。小説『山を仰ぐ』第6章ー①−14。 写真は、ゲストハウスの居間。おこたのある冬仕様の記念に。
同じカテゴリー(連載小説『山を仰ぐ』)の記事
 連載627.小説『山を仰ぐ』第9章栄光と事業の困難―①再婚と天皇天覧―14 (2025-05-23 20:00)
 連載626.小説『山を仰ぐ』第9章栄光と事業の困難―①再婚と天皇天覧ー13 (2025-05-21 20:00)
 連載625.小説『山を仰ぐ』第9章栄光と事業の困難―①再婚と天皇天覧―12 (2025-05-19 20:00)
 連載623.小説『山を仰ぐ』第9章栄光と事業の困難―①再婚と天皇天覧―10 (2025-05-15 20:00)
 連載622.小説『山を仰ぐ』第9章栄光と事業の困難―①再婚と天皇天覧―9 (2025-05-13 20:00)
 連載621.小説『山を仰ぐ』第9章栄光と事業の困難―①再婚と天皇天覧―8 (2025-05-11 20:00)
< 2025年05月 >
S M T W T F S
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
過去記事
QRコード
QRCODE
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 1人
プロフィール
石上 扶佐子
石上 扶佐子