連載626.小説『山を仰ぐ』第9章栄光と事業の困難―①再婚と天皇天覧ー13

連載626。小説『山を仰ぐ』第9章・栄光と事業の困難-①再婚と天皇天覧ー13

 では、と波多腰さんが言いました。
 「では、祝言の日は、ごく内輪で、小正月の日に執り行うのはどうかや。わざわざ招待せんでも、小正月の振舞いに来てくれた人には、振舞いがてらに知らせることが出来るずら。一石二鳥だじ」
 後から糸が聞いてみたところ、この時の波多腰さんの提案を、父も母も辰致さまも、「ちょっと、それは急でねぇか」と思ったそうです。
 糸も同感でした。しかし、誰もそのことは口にださずじまいで、父も「このことは早く片付けてしまいたい」と思う気持ちのほうが勝ったのでした。父は
 「六左さんの日取りでいいべ」と言い、加えて「皆も、これで、どうだ? 小正月で異存ないべ。あと半月後だ」と言ったので、辰致さまと糸は
 「よろしくお願いします」と頭を下げ、母もつられて頭をさげ、祝言はその年、明治十一年一月十五日と決まったのでした。辰致さまが三十七歳、糸が二十四の春でした。
 母さんが席を立ってしばらくすると、襖(ふすま)の陰で息を潜め、一部始終を聞いていたらしい妹たちや弟が、次々にこたつの間に入ってきて、正座をして座り、口々に
 「今、母ちゃんからき聞いたじ。姉やん、おめでとう」と言ってくれました。
 家の男衆が雑煮の鍋を運び、母さんが焼けた餅を持ってきて、言います。
 「さあさ、皆、はらが減ったずら。正月のごちそうを食べまっしょ。姉やのお祝いもかねてさ」
 ほっとした大人たちは、くつろいで酒を交わし、子供たちは、正月しか食べられない鰤の塩焼きにかぶりついたのでした。

 (次回、連載267に続く。写真は塩入久さんのフェイスブックより)

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