連載67.小説『山を仰ぐ』 第3章の1-1 

 山の神社の夏越し(なごし)の祭りは、毎年文月(七月)十七日(旧暦)に、松本平の北西、砂渡(すさど、後に須砂渡と表記)で行われます。
 岩原村の山口家の前の道が、烏川の谷へ降りる途中が砂渡で、谷の手前の砂渡山の、その入り口が山の神社でした。
 だから、私が初めて岩原へ行った去年の夏、真喜治さんを山口家へお連れしたついでに、山の神社のお舟祭りにも行くつもりでした。山口家では、お舟祭りの日の朝早くから、振る舞いのご馳走を大量に作るので、その手伝いもあったのです。
 しかし、その年、それは昨年のことですが、慶応二年(1866年)の文月十六日の晩、送り盆を済ませた山口家に、かく様の洗馬の実家から、火急の知らせが届きました。
 「洗馬二、騒動ノ兆(きざ)シアリ、カクノ手伝ヲ求ム。急ギ来ラレタシ」。
 正彦さんの母上の、武居かく様の洗馬の実家は、山口芳人さまの実家でもあったので、芳人さまが言いました。
 「よし、分った、真喜坊は私と竹に任せて、姉さまは実家を助けておくれや」
 その力強い一言で、かく様、正彦さん、私の三人は、十七日の朝に岩原村の山口家を発ち、山麓線を南へ急いだのでございます。
 三溝村の武居家へ到着すると、かく様は夫の美佐雄さまのお顔を見て、そのまま籠をご実家へと向かわせました。かく様の実家の元洗馬は、武居家から南へ、たった二里半でしたから。
 むろん、美佐雄さまの元にも、ご実家からの知らせが届いておりました。

 (次回、連載68に続く。
 写真は、妹の三浦の家の庭。妹の夫君の手作りです)

< 2021年11>
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石上 扶佐子
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