連載226。小説『山を仰ぐ』第5章・栄弥―①俊量が語る少年栄弥―2
 (前回は、俊量の昔語りで、栄弥の生家の話がはじまったところ。まず、俊量の師の俊水が、17歳の俊量に、栄弥の父と母の馴れ初めを語っている場面です)

 農家には、一人前の嫁、という言葉があって、一人前でないと嫁ぎ先の人たちから馬鹿にされ、肩身の狭い思いをします。ですから、娘たちは、一人前になるために、大変な努力をするのです。
 ずく(やる気)がないのは論外として、嫁として大切なことは、野良仕事で役にたち、糸繰り、機織り(はたおり)が素早くでき、着物は家族の普段着と野良着の一通りが縫えることで、どれも、おいそれとは上手くならない大変な仕事です。
 数えの十八、九までには嫁にいきますから、それまでに、一人前の嫁の資格を身につけなければならいのは、気持ちの重いことでした。
 なみさんは、器量良しのうえ、なんでも良くできて、気立てもいいと評判の娘でしたが、おらあ、嫁に行きたくない、と公言もしていました。でも、そうもいかないもの分っていましたね。早く片付かないと、家の恥になりますもの。
 なみさんが、数え十七の時、なんと、犀川の西の小田多井から、横山十四郎というおじさんが訪ねてきたのです。その時、十四郎さんは、一人では格好が悪いからと、堀金の尼寺弧峯院の首座の尼を伴(ともな)っていました。
 わたくし俊水のことですよ。尼というのは何でも屋ですから、人さまのお役に立つことなら、なんでもしますので。
 横山の十四郎さんは、なみさんのご両親となみさんの前で、こう言いました。
『突然のことで、相すみませんが、なみさんに、おらほの長男の嫁になってはもらえんでしょうか。
 わしの倅(せがれ)は成相で博打に凝り、困り果てたわしは、幾度か成相へ出向て様子を見たり、本人を説得したりしましたが、効き目がありません。
 周りの人にも相談し、知恵も借りてきました。そこで、田沢村の村田なみさんの評判を聞きつけたのでございます。そりゃ、みやましか(素晴らしい)娘がおるだが、嫁はいやじゃと言うとる、と。

 (次回、連載227に続く)

< 2022年08>
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石上 扶佐子
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