連載207。小説『山を仰ぐ』第4章ー③ー4。私のメモノートの中で微笑む、小松芳郎先生。

連載207。小説『山を仰ぐ』第4章・俊量―③小田多井、満月の夜―4
 (前回は、俊量が尼寺で過ごした25年の感慨を述べました。話は戻って、尼になる決心をした初夏の日から4か月後のことです)

 それは天保十三年(1842年)の葉月(八月)十五日(新暦では9月19日)のことでした。正式に寺の人になって数か月、堀金の野に秋風が吹くころ、俊水さまが言われました。
 「ここまでは寺の中で基本の教えを説いてきましたが、これからは、外に出て見ましょうね。寺から半里ほど南の小田多井村でね、もうじき、お産があるのです。じじさまもばばさまもいない家なので、手伝いにいきましょう。一緒に来てくださいね。
 青柳先生の家においでの、新井のおばあさまもご一緒です。良ちゃんと過ごせる時間を楽しみにしていましたよ」
 おじいさまやおばあさまがいるのは、尼寺の隣りの青柳先生の屋敷です。時折見かけて、手を振ったり、呼びかけたり、顔を合わすこともありましたが、ゆっくりは会っていませんでしたので、俊水さまのお言葉は、とても嬉しいことでした。
 弧峯院の門を出ると、東山を背にして、おばあさまがこちらに向かって歩いてくるところです。にこにこしながら手を振って。背後の景色は犀川へと下って行く平の扇状地、拾カ堰の手前にも向こう側にも新田が広がり、実りの時期を迎えた稲穂が揺れていました。
 この辺りは晴れの日が多いのですが、それはとびきりの快晴の朝でした。堀金の野に、秋たけなわの光と風があふれています。高原の強くて熱い秋の陽射しと、異界から吹いて来るような冷涼な風。秋アカネが群れをなして空を行き交い、ススキが銀色に輝いて畔(あぜ)に揺れています。
 空は深い青。雪のないこの季節の常念岳は、今黒々とした威容でそびえ立っています。里道を流れる空気は澄み、遠くの鳥の声が聞こえます。色濃くなった前山の緑は、透明な空気を透かして、樹々の小枝の先まで見えました。前山のすそ野に落ちる、木の実の音も聞こえてきそうな澄んだ空でした。

 (次回、連載208に続く。
 昨日の私のフェイスブックに去年の昨日(5月30日)に投稿した小松芳郎先生の写真が出てきました。一年前のあの時、先生は、ご自分の御病気のことを知っていらしたかしら、、、。
 私は小松先生が亡くなられたことが、悲しくてたまりません。個人的にお会いしたことはありませんが、先生の書かかれたものに、深く依拠しているからです。
 あ、そうだ、と思い出したのがこの小説用のメモノートの中の切り抜き記事。小松先生の笑顔がありました。この時、先生は、死が近いことを知っていたに違いありませんね。
 先生がお亡くなりになったのは、2月21でした。2月19日には臥雲辰致についての講演があるはずで、申し込んでいたのに中止になりました。残念がっていたら、21の訃報。ほんとに悲しい。写真2は、私の(メモノートの)中で微笑む先生です)連載207。小説『山を仰ぐ』第4章ー③ー4。私のメモノートの中で微笑む、小松芳郎先生。

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