連載539。小説『山を仰ぐ』第8章・発明家ー①糸が語る波多の臥雲辰致ー4
 (明治6年春、波多の河澄糸の家に、波多の村役たちと一緒に武居正彦、臥雲辰致が姿を見せました)

 糸の父、川澄東左を含めた六人の殿方の所へ、お茶を届けたのは糸です。
 男たちの輪の真ん中には、機械の図面が幾枚も広げられ、智恵さまが身を乗り出して図面を指さしながら、何か説明をしていました。それぞれの手元には綿糸の束が一つずつ置かれ、それを手にして手触りを確かめている人もいました。
 一息入れるお茶の時間が始まって、年配の男たちは口々に雑談をしていました。
 「これはなかなかに立派な機械ですなあ」
 「図面をみても詳しいことはわからなんだが、今まで一本しか紡げなかったのが、一度に20本も紡げりゃ、そりゃたいしたことです」
 「そうだいね、一度に沢山紡げることが大事だじ。日本では木綿糸が大量に生産できないから、輸入額がウナギ上りと言うじゃねえか」
 「それで、綿糸の輸入を減らさねばならんと、新政府は、綿を大量に紡げる機械をイギリスから購入することを考えているだ」
 「へえ~、そうなんだかやぁ。繭から絹糸を引き出す機械は輸入している、と聞いてただが。ほれ、昨年の明治五年に、富岡に大きな絹糸繰りの官製工場ができたでねえか」
 「絹糸の方は、イギリスやフランスから機械をいれて、もう大分生産が上がっているずら。
 国産の在来の方法でも日本中が懸命に良い絹糸を作っているから、絹は輸出産業の花型だということだじ」

 (次回連載540に続く。
 写真はスマホ画面に出てきた5年前のもの。アメリカの家族と過ごした秋の、食卓の思い出)

< 2024年11>
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石上 扶佐子
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