連載575.小説『山を仰ぐ』第8章発明家ー②開産社と博覧会ー9

連載575。小説『山を仰ぐ』第8章・発明家ー②開産社と第一回内国勧業博覧会ー9 
 (辰致の機械で始める紡糸と布織の会社は「連綿社」と名付けられ、波多ではなく松本開産社内に、工場つくることになりました)

 連綿社頭取の波多腰六左さんは、下波多に住んでいます。 
 二年前の明治七年に、三溝村と下波多村と上波多村が合併して出来た波多村は、河岸段丘の村で、梓川に最も近い低地が三溝、真ん中辺りが下波多、一番上が上波多です。 
 そのころ実施された地租改正の測量で、三地区の水田の割合が判明し、梓川に近い低地の三溝の水田は波多村全体の六割八分、一番上の上波多は二割八分、真ん中の下波多の水田は、たったの四分でした。
 三溝は梓川の水があり、上波多は山からの水があったけれど、下波多には水がなかったからです。
 それで下波多の波多腰家は、代々、堰を作り梓川の水を引き込みたいと努力し、陳情を重ねていました。
 長年の願いが叶って、松本藩が堰の工事に着手したのが明治四年、半年後に廃藩置県となり筑摩県に引き継がれましたが、工事は遅々として進まず、やがて、当時の上波多村と下波多村に無償で払い下げられたのです。
 この時、堰の名前が「波多堰」となりました。しかし、続きの工事にお金を出す所がなくなったので、波多腰六左さんが資金を出し、完成後に各家から水代を徴収することにしました。
 波多腰六左さんは、波多堰を進めてきた人でもあり、事業意欲が旺盛でもあるので、連綿社の頭取になってもらい、その波多腰さんの音頭で、数人の方々が、連綿社設立資金を作ることになったのです。
 機械増設の経費、工場の内装や、水車小屋の建造や、連綿社の立ち上げ経費や運転資金として、下波多の波多腰六左さん、三溝の武居美佐雄さん、上波多の河澄東左、梓川倭の青木橘次郎さん、百瀬軍次郎さんが、それぞれ一人二十四円二十七銭三厘(24円27銭3厘)の出資をしました。
 まことに、尊く有難く、驚くべきことでございました。

 (次回、連載576に続く。
 写真は「家族の食卓」シリーズで、それぞれ数年前の我が家で。一枚だけ、父の家です)

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