連載582.小説『山を仰ぐ』第8章発明家ー②開産社と博覧会ー16

連載582。小説『山を仰ぐ』第8章・発明家ー②開産社と博覧会ー16
 (明治九年十月に筑摩権令の永山盛輝が去り、翌年六月十九日に筑摩県本庁舎が消失しました)

 本庁舎の消失をきっかけに、筑摩県は、北の長野県との合併話が進み、わずか二か月後の明治九年八月二十一日には、消滅してしまいます。松本が筑摩県だったのは、明治四年七月からの、たった五年一カ月でした。
 明治五年に創刊された市川量造さんの「信飛新聞」は、明治九年八月二十三日発行の第百六十九号を持って廃刊となり、筑摩県の博覧会も中止に、城も荒れるにまかせることになったのです。
 開産社は、筑摩県の全域が営業基盤でしたので、県の後ろ盾を失い、大きな痛手を受けました。

 時代が不安をともなって変化していくなかで、辰致さまには、個人的にもつらいことがありました。
 辰致さまとキヨさんは別れ話は出ていても、手紙のやり取りはされていて、ある日、キヨさんから、
 「六月二十二日に村役場へ行き、臥雲の戸籍から籍を抜いてきました」という知らせがあったそうです。
 キヨさんと一緒に暮らしている堀金の俊量さまが、辰致さまを心配し、正彦さんに手紙を書き、辰致さまとキヨさんの離縁を知らせました。東京の正彦さんは、波多に住む父の武居美佐雄さんに
 「松本の辰致さんの様子を、見に行ってほしい」とたのみ、松本に行くついでのあった武居の父上が、開産社の辰致さまを訪ねてくれました。
 辰致さまは、開産社ではやることが山ほどあり、それにかまけていれば一日が瞬く間に終わってしまうという日々を過ごしていたそうです。
 「工場になる予定のがらんとした大きな建物の片隅で、一人で暮らしている姿は、寂しそうだった」と武居美佐雄さんは言いました。
 五月の半ばに機械を持って松本へ行った辰致さまが、武居美佐雄さんと一緒に波多に帰って来たのは、六月の最後の日のことでした。

 (次回、連載583に続く。写真は、友人が送ってくれた「冬の空」)

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