連載352 小説『山を仰ぐ』第5章ー②−14 (写真は、今日の市長記者会見)

連載352。小説『山を仰ぐ』第5章・栄弥―②俊量が語る青年栄弥―14
 (前回、数え十四の栄弥は、堀金の弧峯院で、思いついた糸車の改良を話すと、石工の新吾さんが、身を乗り出して聞いてくれました)

 春が来て、山々にうぐいすの声が響き渡る頃、石工の新吾さんが、次の打ち合わせにやってきました。栄弥さんの来る日は決まっていたので、その日を狙い、わざわざ昼時に合わせてやってきたのです。
 そこへ、栄弥さんの大八車が勢いよく弧峯院の門を入ってきました。息せききった栄弥さんは、驚いたように新吾さんを見、私の顔に目を移しながら言いました。
 「あのな、俊量さま、松沢さんちの志野さんに、秋に、赤ん坊が生まれるんだと」
 あら、まあ、それは、おめでたいこと、とわたくしは言い、まずは、栄弥さんを昼ご飯に誘って、座ってもらいました。石工の新吾さんも、もちろんそのつもりで、一緒です。栄弥さんは続けます。
 「そのことを聞いたのは、一昨日のことせ。おらあ、なんだか、嬉しくて、その時までには、新しい道具を完成させたいと思っただ。志野さんへのお祝いにしたいのせ」
 新吾さんがいいました。
 「ほう、それは、良いことじゃ。志野さんとやらも、そりゃ、喜ぶずら。で、どんな、道具をお祝いにするだか」
 栄弥さんはそう聞かれて、勇気を得たようです。ためらっていたことを話し初めました。
 「その夜のことだじ、そうせ一昨日の夜せ、いつもみたいに、火吹き竹に綿を入れて左手で握り、右手で摘み出して、糸引きの加減を探していただ。綿(わた)の違いで、また天候によっても加減が違うでね。
 志野さんの赤ん坊の事を考えて、なんだかボーとしていただかやぁ、おれは。左手で持っていた火吹き竹を、つい、落としたのせ。
 右手は、竹筒から引き出した糸を、しっかり掴んでいただいね。するとね、縁側の下にころころと転がっていった竹筒の口から、するすると糸が伸び、くるくると回転しながら落ちたのせ。筒がころころと転がったせいで、糸にはひとりでにより(撚り)がかかっていただよ。

 (次回、連載353に続く。
 写真は今日の市長記者会見。忙しくなったので投稿はサボっていますが、メモを取らずに聞くだけの方が、面白さがわかりますね。一番身近な最新の情報だから。いつものくせで、ついパチリ)連載352 小説『山を仰ぐ』第5章ー②−14 (写真は、今日の市長記者会見)

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