連載479.小説『山を仰ぐ』第7章ー③ー24

連載479。小説『山を仰ぐ』第7章・臥雲辰致の誕生―③結婚と別れー24 
 (3人は岩原への帰路につき、気持ちの沈んでいるキヨを慰めるために、辰致は波多での出来事をいろいろ話ました。語りはキヨ)

 しかし、キヨはまだ黙って聞いていただけだったから、タッチさは、また一人で話し始めたさ。 
 「きのう長居をした上波多の河澄東左さんの家に、糸さんがいたじ。 キヨも知っているずら。
 糸さんは正彦さんと一緒に、安楽寺の私を訪ねてくれたこともあったし、山の神社の祭りの日に、昼の宴を共にしたこともあった。キヨも一緒だったずら。キヨと糸さんは同じ歳だと、糸さんが言っていたじ。
 私が『今は、キヨも岩原の寺跡の家に暮らしています』と言ったら、糸さんは
 『まあ、そうですか。そうお伺いして、あの日の、キヨさんの涙の訳がわかりした』」と言ったのせ。
 私は思わず
 『えっ、キヨの涙ですって?』と言ってしまった。驚いて、慌てふためいたのせ。
 糸さんはこう説明してくれただ。
 『慶応二年、私が十四の時のこと、安楽寺の盆の法事の前に、智順和尚さまが重大発表をしたことがありましたでしょう。ほら、智恵さまが次の春より弧峰院の住持になる、という発表ですよ。 
 あの時、安楽寺の立派な庫裏で、法事の膳の支度をする智恵さまと俊量さまとキヨさんを見ました。
 智恵さまがそばを打ち、俊量さまがそばを切り、キヨさんがそれを湯の近くへ運んでいました。三人の連携の動きあまりにきれいだったので、ほれぼれと眺めていましたっけ。
 そのことがあったので、その後すぐに法要のために本堂に座った時、同じ列の隣に座っていたキヨさんと俊量さまが、とても気になっていたのです。
 そうしたらね、大和尚の智順さまが智恵を弧峰院の住持にする、と言われた時、キヨさんが一瞬驚いて呼吸を止め、涙を流されたのです。
 隣りに座っていた俊量さまは、膝におかれたキヨさんの手の上に、ご自分の手を優しく重ねておいででした』とね。糸さんは、私にそう話してくれたのせ」
 
 (次回、連載480に続く。
 添付の目印写真は、昨日の臥雲さんの市政報告会で。今日は本文が長いので、写真の説明は次回(明日または明後日)にします)

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