連載44。小説『山を仰ぐ』第2章の3-3

 智恵さまが居ずまいを正して言われました。
「こちらこそ、良いご縁を頂きました。ありがとうございます。
 芳人さまの婚礼の折、正彦さまは、投降した天狗党のお話しをされていましたね」
「そうでした。伝え聞いた水戸の天狗党の最後が悲惨だったものですから。
 八百二十三人が加賀藩に下り捕らえられた後、据え置き中の劣悪な環境で二十名が死亡、三百五十二人が斬首による処刑、他は島流しか追放などでした。
 水戸藩では対立していた諸生党により、天狗党の家族もことごとく処刑されたと聞いて、初めてお目にかかった方なのに、智恵さまに話さずにはいられませんでした」
 「そうでしたか」
 智恵さまは、静かに言われました。
 そういえば、去年の正月に飴市へ行った折も、正彦さんは天狗党のことを言っていましたっけ。
 この時はまだ誰も知りませんでしたが、一年半後に戊辰戦争が始まると形勢は逆転し、今度は諸生党とその家族がことごとく処刑されたのです。意見の違うものを互いに殺しつくし、水戸藩は新政府に出仕する人が残りませんでした。
 智恵さまの静かな相槌に促されて、正彦さんが続けます。
 「去年の正月、父が平田門下に入門しました。平田先生没後の門人としてです。親戚の倉澤清也さんのお誘いで」
 そうです。一年半前、正彦さんは父上と一緒に平田学派の勉強をしていると言っていました。飴市で。
 「今年は、私が入門したのです」
 私は思わず正彦さんを見ました。智恵さまも、えっ! というお顔です。

 (次回、連載45に続く。
 写真は事務所開き直前の青木崇ご夫妻のスナップです)


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石上 扶佐子
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