連載52。小説『山を仰ぐ』第2章の3-11

 腑に落ちていないので、正彦さんは続けます。
 「二十年前に亡くなられた平田先生は、沢山の著書を残していて、その教えを多く人が学びました。今の世を変えなければ、という大きなうねりが出来、草莽(そうもう)の志士は、世ならし、世直しを叫んでいます。
 そして今は、あちらこちらで斬り合いがあり、自分の正義のために、反対する者を殺してします。
 人が飢えて死ぬのも嫌ですが、私は戦さが嫌です。怖いです。
 和歌を愛でた、万葉の人の心音では生きられないとしても、自ら戦さには進みたくないのです」
 なるほど、、、。
 「世直しのために、日の本のあちらこちらで、盛大に気勢をあげている、草莽の志士たちを尻目に、こんなこと、言いたくはないのですが、、、」
 新米の平田門人は、こんなに言いにくいことを、智恵さまに言ったのでした。
 「そうですか、、、」
 智恵さまは今度も静かにそう言い、正彦さんの目を真直ぐに見ました。
 「それでいいではありませんか。私も同じです。だから寺で励んでいるのですよ」
 気が合うって、こういうことかしら。
 まだ、過去に一度しか会っていないのに、誰にも言えないようなことを、すらすらと言ってしまう。神か仏の力が働いているのです。きっと。

 (次回、連載52に続く)

< 2021年10>
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石上 扶佐子
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