2021/10/18
連載49。小説『山を仰ぐ』第2章の3-8
智恵さまの視線の先を目で追うと、丸い房になって咲く百日紅(さるすべり)の花に、瑠璃色に輝く、大きな蝶が羽根を休めていました。
烏川の奥の、蝶の谷から流れてきたのでしょうか。青の輝きは、谷の精霊のような、舞い降りた天女のようなたたずまいです。
「オオルリ蝶ですね」
智恵さまが、私の方を向いて、言いました。
なんと、智恵さまは、私が智恵さまの視線を追っていたことを、ご存じだったのです。
恥ずかしいけれど、嬉しくもありました。嬉しいけれど返事なんかできません。オオルリ蝶から目を離し、私は智恵さまを見ました。智恵さまは、また、少し微笑んだようでした。
正彦さんは、尊王攘夷の説明に夢中です。
「全国に草莽(そうもう)の志士が大勢誕生しました。水戸藩はその筆頭です。長州も激しく尊王攘夷で、幕府にも外国の艦船にも、実際に大砲を打って戦いました」
「知っていますよ。私も。三、四年前のことですね。」
智恵さまはそう言って、静かに水を口に運びました。
「寺にいても、檀家さまとの交わりで、世の中のおおよそのことは分ります」
正彦さんも水を口にし、座り直し、さらに前かがみになり、智恵さまを見つめます。さあ、これからが本題というように。
「一昨年の暮れ、天狗党が中山道を通過した折、大砲を引き連れたほぼ千人の一行を、裏道へ誘導したのは倉澤清也さまです」
あら、また、天狗党、、、。
「倉澤先生は、飯田城下を戦火から救った後、天狗党が処刑をされたのを知り、昨年の春、京へ旅をされました。
まず白河家に逗留して神官に任じられ、それから、平田門人の繋がりで、京に住む、長州武士の品川弥二郎さまと、懇意になられたのでございます」
(次回、連載50に続く。
写真は2年前の街頭演説。開始時刻は同じでも、日の暮れがグングン早くなる季節でした)
智恵さまの視線の先を目で追うと、丸い房になって咲く百日紅(さるすべり)の花に、瑠璃色に輝く、大きな蝶が羽根を休めていました。
烏川の奥の、蝶の谷から流れてきたのでしょうか。青の輝きは、谷の精霊のような、舞い降りた天女のようなたたずまいです。
「オオルリ蝶ですね」
智恵さまが、私の方を向いて、言いました。
なんと、智恵さまは、私が智恵さまの視線を追っていたことを、ご存じだったのです。
恥ずかしいけれど、嬉しくもありました。嬉しいけれど返事なんかできません。オオルリ蝶から目を離し、私は智恵さまを見ました。智恵さまは、また、少し微笑んだようでした。
正彦さんは、尊王攘夷の説明に夢中です。
「全国に草莽(そうもう)の志士が大勢誕生しました。水戸藩はその筆頭です。長州も激しく尊王攘夷で、幕府にも外国の艦船にも、実際に大砲を打って戦いました」
「知っていますよ。私も。三、四年前のことですね。」
智恵さまはそう言って、静かに水を口に運びました。
「寺にいても、檀家さまとの交わりで、世の中のおおよそのことは分ります」
正彦さんも水を口にし、座り直し、さらに前かがみになり、智恵さまを見つめます。さあ、これからが本題というように。
「一昨年の暮れ、天狗党が中山道を通過した折、大砲を引き連れたほぼ千人の一行を、裏道へ誘導したのは倉澤清也さまです」
あら、また、天狗党、、、。
「倉澤先生は、飯田城下を戦火から救った後、天狗党が処刑をされたのを知り、昨年の春、京へ旅をされました。
まず白河家に逗留して神官に任じられ、それから、平田門人の繋がりで、京に住む、長州武士の品川弥二郎さまと、懇意になられたのでございます」
(次回、連載50に続く。
写真は2年前の街頭演説。開始時刻は同じでも、日の暮れがグングン早くなる季節でした)
