連載53、小説『山を仰ぐ』第2章の3ー12

 真喜治さんが目を覚ましました。正彦さんが手を振ると、真喜坊は嬉しそうに走り寄っていきます。
 生まれてからずっと、そばにいた兄さんですもの。
 正彦さんの膝に乗った真喜坊は、振り向いて智恵さまを見、しばらくそのお顔をじっと見つめていました。
 「真喜坊、こっちへおいで」
 智恵さまが両手を広げて、真喜坊の前へ差し出します。
 さらにまじまじと、智恵さまのお顔を覗き込んだ挙句、真喜坊は智恵さまに近づき、捕らえられ、その膝の上に滑り込んだのでございます。

 この家の女衆と、久しぶりのおしゃべりを楽しんでいらしたかく様が、楽しい気分を残したまま、客間に顔を出しました。
 「正彦さ、お風呂の用意ができたってせ。先に頂いてくれましょ」
 かく様は、智恵さまの膝に抱かれている真喜治さんを、チラリと見て、行っておしまいでした。
 真喜坊も、なんともなく、智恵さまの腕の中です。智恵さまと同じ方を向き、一緒に庭を見、山を見、空を見ています。
 「では、失礼して」
 正彦さんが湯殿へ行った後も、智恵さまと真喜坊はそのままでした。
 風鈴の鳴る縁側で、私も庭と山と空を見ていました。
 静かな夕暮れでした。
 その不思議な時間を、私は忘れることができません。
 短い時間だったはずなのに、永遠の時、と名付けたくなるひと時でした。
 「では、私も失礼します」
 智恵さまはそう言い、真喜坊をそっと私のほうへ押しやり、静かにお帰りになられました。

 (今日で、第2章の3が終わり、次回からは第2章の4です。連載は8月19日から始まっていて、下記ブログのカテゴリー「小説『山を仰ぐ』」で最初から連続で見れます)http://fusakoblog.naganoblog.jp/
 (次回、連載53に続く。写真は友人の昨日の投稿から。北アルプスは雪です)


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石上 扶佐子
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