連載163。小説『山を仰ぐ』第4章俊量(良)―①中町時代―23 
 (前回、城内に入った良は、城とはなんと閉ざされた空間か、と驚きます。活気のない死んだような静けさに)

 城内を見て、違う世界があることを知り、普段は見えない世界や、世の中の二重性を感じるようになりました。
 呉服屋の店先で、反物を見繕ったり、着物の採寸をしているお客さんとの会話が、薬屋のそれとはひどく違っていると気付いたのもその頃でした。
 客同士の話しも、店の者同士のやりとりも、家族の会話も、薬屋とは違っています。扱うものが違うのですから話が違って当然なのですが、会話のもっと奥にある、心の違いのようなものに気付きはじめたのです。
 呉服屋で交わされるのは、うわさ話し、流行り物について、役者や遊女の話し、嫉妬や怒りを直に、あるいは歯に衣を着せて言う、よもやま話しでした。
 呉服店での憂さ晴らしと思えば、意味のあることなのでしょうが、その時のわたくしには、それらを聞いてあげる度量はなく、共感もできないから面白くもなく、薬屋のかつての店先がなつかしくなりました。
 飢饉の最中は特に、新井屋薬店のお客は、命がけの切実さで店にやってくるのです。相対する家の者は、祖父も父も兄も、祖母も母も私も、たどり着いたこの客に、今できることは何かをめいめいが必死で考えて対応していたのでした。
 家族同士の話しも、あの場合はどうしたら良かったのか、これからはどうしたら良いのか、というような話しばかりです。直面する惨状に悲しみが深くとも、その分、今できる最大のことをしよう、との心意気がありました。
 その心意気が、2軒隣りの大店(おおだな)呉服店には、全く感じられなかったのでございます。

 (次回、連載164に続く。
 去年も今年も、今日は、千歳橋(昔の大手橋)の桝形で、花いっぱい運動発祥記念祭です。写真は去年のもの。今年はどうだったでしょうね)

< 2022年04>
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石上 扶佐子
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