連載327。小説『山を仰ぐ』第5章・栄弥―①俊量が語る少年栄弥―33 
 (前回は、拾カ堰通船の開通を期に、横山家は綿花ではなく綿打ち済みの綿塊(しの綿)を仕入れることにし、糸紡ぎを近隣の農家に頼み、足袋底生産を増やしていきました)
 
 北風が音を立てて樹々を揺らす冬の夜、春になれば手習所を卒業し、家の手伝いをすることになっている栄弥さんに、父の儀十郎さんが声をかけました。
 「明日、糸作りを頼む新しい家を探して、大妻あたりまで出かけようと思うとるだ。春からはお前が廻る道になるずら、たぶん。だでね、手習所が終ったら、一緒に行ってほしいだじ」
 八幡さまの大工仕事は、冬が来る前に終わっていたので、問題はありません。
 翌日の、粉雪が舞う寒い午後、栄弥少年は手習所を一番で飛び出し、家に帰ると藁(わら)ぐつを履き、藁蓑(わらみの)を着、父について勇んで家を出ました。
 山や田畑や川や堰は、降る雪に溶け込んで、白い霞みの中です。野道は緩やかに南に登って行きました。
 道の両側の田畑には、昨日までに積もった雪が固く凍っています。その上を、手習所帰りの子供たちが、竹を割って作った雪板をわらぐつに括り付け、滑っていきます。凸凹に凍った野道を歩くより、よほど早く進めるのです。栄弥さんも、雪が厚く凍(しばれ)る頃の手習所行きは雪板でした。
 「春になれば、おらも、いよいよ、本腰いれて働くだいね」
 年があければ、数えの12歳、栄弥さんは雪を突き、元気いっぱいで進みましす。わらぐつの下で粉雪がきしみ、一歩一歩を踏みしめて進む道に、楽しげな足音が、きゅっ、きゅっ、と響いていました。

 (次回、連載328に続く。
 写真は三年前の今日。この日、初めて波多の公民館で武居忠利さまにお会いしました。この方がいて私の小説があります。準備に二年、書き出して一年になりました。もう328回ですって)

< 2022年09>
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石上 扶佐子
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